無人航空機による農薬の空中散布において必要な手続き
ドローンによる農薬の空中散布は、「無人航空機を飛行させる者」として航空法、さらに「農薬を使用する者」として農薬取締法等関連法令に基づいて実施する必要があります。
今回は、農薬の安全かつ適正な使用のために遵守すべき基準の目安となる「農薬の空中散布に係る安全ガイドライン」を中心に「農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令(PDF)」から必要な手続きについて解説します。
目次
「空中散布計画書」の作成
「実施主体(防除委託者及び防除実施者)」は、空中散布の実施区域周辺を含む地理的状況、耕作状況等を十分に勘案し、実施区域及び実施除外区域の設定、散布薬剤の種類及び剤型の選定等を含めた「空中散布計画書」を作成する必要があります。
空中散布を無人ヘリコプターで行う場合、「防除実施者」は、空中散布を実施する月の前月末までに、空中散布の実施区域内の都道府県農薬指導部局に電子メール等により届け出なければなりません。
・「地理的状況」とは、住宅地、公共施設、水道水源又は蜂、蚕、魚介類の養殖場等に近接しているかなど
・「耕作状況」とは、収穫時期の近い農作物た有機農業が行われているほ場が近接しているかなど
「散布薬剤の種類及び剤型の選定」の具体例
「散布薬剤の種類の選定」とは、隣接するほ場で異なる作物が栽培されている場合に、飛散した場合に備え、農薬の種類をその隣接するほ場の作物にも適用のある農薬に変更すること
「散布薬剤の剤型の選定」とは、公共施設の水道資源が近接している場合に、飛散の少ない粒剤等の剤型の農薬に変更すること
「空中散布計画書」記載事項
- 実施主体名
- 防除委託者名
- 防除実施者名
- 操縦者名
- 氏名
- 技術認証の番号
- 機体確認の番号
- 該当市町村名
- 実施予定月日
- 対象作業名
- 作物名
- 実施面積
- 散布資材名
- 10a 当たりの使用用量又は希釈倍数
無人マルチローター(ドローン)の場合
ドローンによる農薬の空中散布に関しては、「空中散布計画書」「実績報告書(後述)」を提出する必要はありません。
ただし、都道府県によっては、養蜂家への情報提供、農業用ドローンの活用状況の把握などのため、独自に提出を求めている場合があります。
(前略)ドローンでは、空中散布計画書、実績報告書を提出が義務でなくなりました。現在は、農薬の空中散布による危害防止・安全性の確保の観点から、任意での空中散布計画書の提出をお願いしています(後略)
兵庫県 農林水産部 農業改良課
「農薬使用計画書」の作成
(農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令第4条)
農薬使用者は、航空機を用いて農薬を散布するときは、毎年度、散布する最初の日までに、「農薬使用計画書」を農林水産大臣に提出しなければなりません。
「農薬使用計画書」記載事項
- 農薬使用者の氏名及び住所
- 当該年度の航空機を用いた農薬の使用計画
- 農薬の使用方法
- 使用する農薬の種類
- 使用する対象
- 使用する期間
事前の「情報提供」
公共施設・家屋・養蜂の巣箱・ほ場などがある場合
空中散布の実施区域及びその周辺に学校、病院等の公共施設、家屋、養蜂の巣箱、有機農業が行われているほ場等がある場合には、危被害防止対策として、「実施主体」は、それらの管理者等に、十分な時間的余裕をもって、下記の情報を提供し、必要に応じて日時を調整します。
- 農薬散布予定日
- 農薬使用の目的
- 使用農薬の種類
- 実施主体の連絡先
「有機農業が行われているほ場」とは
農薬の飛散により危被害を与える可能性がある特に留意すべき周辺状況の例の一つです。したがって、有機農業を行っていないほ場等についても、細心の注意を払うべき周辺状況に含まれます。
天候等より日時等に変更が生じる場合
「実施主体」は、変更に係る事項について情報提供を行う必要があります。
実施区域周辺において人の往来が想定される場合
「実施主体」は、作業中の実施区域内への侵入を防止するため、告知、表示等により空中散布の実施について情報提供を行うなど必要な措置を講じなければなりません。
実施時の留意事項
下記の危被害防止対策が実施できない場合や、実施したとしても危被害を防止できないおそれがある場合は、空中散布の計画自体を見直す必要があります。
飛行経路は「横風散布」を基本に設定
「実施主体」は、操縦者、補助者等の関係者及び周辺環境等への影響に十分配慮し、風下から散布を開始する横風散布を基本に飛行経路を設定します。
また、人や民家、ほ場、河川、障害物、電線、操縦者、通行量の多い道路等に向かった飛行経路とはせず、それらの対象に対して平行な散布(枕地散布)に努めます。
「補助者」とは、飛行状況、周辺区域の変化等を監視し、的確な誘導を行うとともに、飛行経路の直下及びその周辺に第三者が立ち入らないよう注意喚起を行い、操縦者を補助する者
取扱説明書を参考に散布
機体メーカーによる散布方法(飛行速度、飛行高度、飛行間隔及び最高風速)が設定されておらず、取扱説明書に記載がない場合は、以下の方法により実施することになります。
- 飛行高度は、作物上2m以下
- 散布時の風速は、地上1.5mにおいては3m/s以下
- 飛行速度及び飛行間隔は、機体の飛行諸元を参考に農薬の散布状況を随時確認し適切に加減
ドリフトが起こらないよう注意
農薬の散布状況及び気象条件の変化を随時確認しながら農薬ラベルに表示される使用方法を順守し、散布区域外への飛散(ドリフト)が起こらないよう十分に注意しなければなりません。
「農薬ラベルに表示される使用方法」とは、単位面積当たりの使用量、希釈倍数等
また、ドリフトを防ぐため、河川等の危険個所、実施除外区域、飛行経路及び操縦者、補助者用の経路を予め実地確認するなど、実施区域及びその周辺の状況把握に努めるとともに、必要に応じて危険個所及び実施除外区域を明示しておきます。
ドリフト防止対策例
- 境界区域などは、空中散布を行わない「実施除外区域」に設定し、地上散布等により防除を行う
- 散布薬剤の種類(周囲の農作物にも適用のある農薬等)や剤型(粒剤等の飛散の少ない剤型)の選定
- 飛行速度を遅くする。飛行高度を低くする。(下記「散布方法と薬剤の拡散状況の関係図」参照)
- 飛散の少ない散布装置や散布ノズルの選定
- 散布ノズルの吐出圧力や吐出量(飛散の原因となる微細粒子の発生を防ぐ)
- 平行散布(枕地散布)に努め、散布しながらの機体の引き起こし、旋回は極力控える
- 周囲の耕作者の協力を得て、収穫日の変更(早めに収穫してもらう)、作物の被覆やハウスの扉などの開口部を閉める
散布方法と薬剤の拡散状況の関係図
飛行速度の違い(飛行速度及び飛行間隔が一定の場合)
飛行高度の違い(飛行速度及び飛行間隔が一定の場合)
農薬の飛散により危被害を与える可能性が高い場合
- 周辺農作物の収穫時期が近い場合
- 実施区域周辺において有機農業が行われている場合
- 学校、病院等の公共施設、家屋、水道水源若しくは、蜂、蚕、魚介類の養殖場が近い場合
上記の場合には、状況に応じて、無風又は風が弱い日や時間帯の選択、使用農薬の種類の変更、飛散が少ない剤型の農薬の選択等の対応を検討するなど、農薬が飛散しないよう細心の注意を払います。
空中散布により環境に悪影響が生じた場合
「実施主体」は、農業、漁業その他の事業に被害が発生し、又は周囲の自然環境若しくは生活環境に悪影響が生じた場合は、直ちに空中散布の実施を中止し、その原因究明に努めるとともに、適切な事後処理を行う必要があります。
農薬暴露(浴びてしまうこと)の回避
- 操縦者、補助者等は、防護装備を着用すること
- 空中散布の実施中において、操縦者、補助者等は農薬の危被害防止のため連携すること
その他
- 「実施主体」は、適正に散布できること(所定の吐出量において間欠的でないこと等)を使用前に確認するとともに、適時、その点検を行う
- 強風により散布が困難であると判断される場合には、気象条件が安定するまで待機する
- 作業終了後、散布装置(タンク、配管、ノズル等)は十分に洗浄し、洗浄液や農薬の残液等が周辺に影響を与えないよう安全に処理する
「実績報告書」の作成
「実施主体」は、速やかに、「実績報告書」を作成し、空中散布の実施区域内の都道府県農薬指導部局に電子メールなどにより提出する必要があります。
記載事項は「空中散布計画書」と同様です。
無人マルチローター(ドローン)の場合
ドローンによる農薬の空中散布に関しては、「空中散布計画書」「実績報告書」を提出する必要はありませんが、都道府県によっては、独自に提出を求める場合があります。
「帳簿」の記載(努力義務)
(農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令第9条)
農薬使用者は、農薬を使用したときは、以下の事項を帳簿に記載するよう努めなければなりません。
- 農薬を使用した年月日
- 農薬を使用した場所
- 農薬を使用した農作物等
- 使用した農薬の種類又は名称
- 使用した農薬の単位面積当たりの使用量又は希釈倍数
事故発生時の対応
農薬事故の場合
空中散布中の農薬のドリフト、流出等の農薬事故が発生した場合は、事故報告書を作成し、実施区域内の都道府県農薬指導部局に提出しなければなりません。
「事故報告書」記載事項
- 発生日時
- 発生場所
- 操縦者氏名及び技能認証番号
- 使用機体(機種 / 機体番号)
- 作業時の気象状況(天気 / 気温 / 風向・風速)
- 防除内容(作物 / 対象病害虫等)
- 薬剤(薬剤名 / 希釈倍率 / 散布前積載量)
- 実施主体(防除委託者 / 防除実施者)
- 作業実施体制(操縦者及び補助者等の人数)
- 事故の概要
- 被害の状況(人・家畜・農作物・周辺建物への被害 / 薬剤の流出等 )
- 航空法の許可・承認所の発行日及び番号
- 被害への対応状況
- その他(警察、消防等の対応、取材・報道状況等)
- 事故原因
- 再発防止対策
事故報告書の提出時期
事故報告書は、事故発生後直ちに第1報(事故発生の報告を優先し、報告時点で記入可能な情報のみで可)を、事故発生から1か月以内に最終報をそれぞれ提出する必要があります。
報告種別 | 報告内容 | 報告時期 |
---|---|---|
事故報告書 第1報 | 事故の概要、初動対応等 | 事故発生から1週間以内 |
事故報告書 最終報 | 事故詳細、被害状況、事故原因、再発防止策 | 事故発生から1か月以内 |
その他の事故の場合
無人航空機の飛行による人の死傷、第三者の物件の損傷、飛行時における機体の紛失または航空機との衝突若しくは接近事案等が発生した場合は、直ちに、以下の地方航空局保安部運用課又は空港事務所まで報告しなければなりません。
なお、夜間等で執務時間外である場合は、24時間運用されている最寄りの空港事務所に連絡を行うことになります。
東京航空局保安部運用課 | 03-6685-8005 |
大阪航空局保安部運用課 | 06-6949-6609 |
最寄りの空港事務所 |
罰則
「空中散布ガイドライン」は、安全かつ適正な農薬使用のための一定の目安として策定されたものであるため、ガイドラインに基づかない空中散布を行った場合でも、罰則等がかかるものではありません。
しかし、農薬取締法第25条第1項に基づき定められている「農薬を使⽤する者が遵守すべき基準を定める省令」に違反すると、三年以下の懲役もしくは百万円以下の罰金又はその両方に科される可能性があります。
農薬取締法
(農薬の使用の規制)
第二十五条 農林水産大臣及び環境大臣は、農薬の安全かつ適正な使用を確保するため、農林水産省令・環境省令で、現に第三条第一項又は第三十四条第一項の登録を受けている農薬その他の農林水産省令・環境省令で定める農薬について、その種類ごとに、その使用の時期及び方法その他の事項について農薬を使用する者が遵守すべき基準を定めなければならない。
注釈:「農林水産省令・環境省令」とは、「農薬を使⽤する者が遵守すべき基準を定める省令」
(中略)
3 農薬使用者は、第一項の基準(前項の規定により当該基準が変更された場合には、その変更後の基準)に違反して、農薬を使用してはならない。
第四十七条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
(中略)
三 第十八条第一項、第二十一条(第三十四条第六項において準用する場合を含む。)、第二十四条又は第二十五条第三項の規定に違反した者
Q&A
-
ドローンで空中散布できる農薬はどうのようなものか
-
使用方法が、「無人航空機による散布」「無人ヘリコプターによる散布」「無人航空機による滴下」「無人ヘリコプターによる滴下」とされている農薬です。しかしながら、散布機器が指定されていない「散布」「全面土壌散布」などとなっている農薬でも、その使用方法を始め、希釈倍率、使用量等を遵守できる範囲であれば、ドローンで使用可能です。
-
「空中散布の実施区域」とは?
-
農薬が散布される区域を指します。畦畔も含めて農薬を散布する場合は、ほ場だけでなく畦畔も実施区域に含まれることになります。
-
「○○県農薬指導部局」が見当たらないが、どのような部局を指しているのか
-
「都道府県農薬指導部局」は、ガイドライン上の「定義」であるため、そのような名称の部局は存在しません。実際の各県の担当部局の連絡先は下記を参照してください。
- 無人ヘリコプターによる農薬の空中散布に係る空中散布計画書及び実績報告書の提出先(PDF)(令和4年4月1日時点)
-
「空中散布計画を見直す」場合には、どのようなことを検討すればよいか
-
計画の見直しにあたっては、薬剤の変更、実施日時の変更、周知の方法の変更などの検討や、空中散布を予定している区域の一部で空中散布を行わない区域(実施除外区域)を設定し、地上防除に切り替えるなどにより農薬の飛散による危被害の発生を確実に防止する必要があります。
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ドローンによる農薬の空中散布を行った場合、何か報告が必要か
-
定期的な報告は不要ですが、飛行マニュアルに従い飛行実績の作成・管理を行い、国土交通省航空局から求められた場合には、速やかに報告する必要があります。